title-s.gif (1232 バイト)
その2
by 後藤 修身
目 次
出発 / 国境の町

賭博場

道路工事



ナンカンの美女



日本人の果樹園



中国に行きたく
なかった大仏


賭博場

 ムセの東側にある町、パンサイン(チューゴウ)。ムセから車で2時間ほどである。この町も中国との国境が開いているが、山間に位置しているためか、ムセよりもずいぶんと規模が小さい。日本でいうところの、ひなびた温泉町という雰囲気である。この町を一人で散策していると、静かな町にしてはえらく活気のある店にぶつかった。

 100平米ほどの室内に、数台の大きなテーブル。どのテーブルにも人の熱気でむんむんとしている。それにしても何か変な雰囲気だ。中国語が飛び交っているその部屋は町の賭博場だったのだ。ビルマ語で彼らに尋ねても返ってくるのは中国語ばかり。客のほとんどは中国人のようだ。
「お前もやれよ」
と、勝っているからか陽気に話し掛けてくる客がいた。
「ルールを知らないんだ」
と、身振り手振りで答えた。そして、ギャンブルに加わる代わりにノーストロボで数枚写真を撮った。みな撮影には無関心だった。そのままそこを立ち去ればよかったのだが、一人、気になる男がいた。30代と思えるその男は真新しい上着を着ていたが、必死の形相をしていた。配られたカードを裏返しのまま受け取ると左手でカードを押さえ、カードの手前をゆっくりと少しずつめくっていく。彼がいる空間だけスローモーション再生しているかのようだ。彼の願いはまた通じなかった。また、大きなため息をついた。手元には残り少なくなった札。そんな彼をしばらく見ていた。すると、後ろから私の肩をたたく者がいた。振り向くと、黒い皮ジャンを着た中年太りの男だった。こっちへ来いと中国語。なぜだとビルマ語で答えると、こっちの部屋へ来るんだと今度はビルマ語が返ってきた。奥の部屋へついていくと、そこは応接セットと事務机が置かれた事務所になっていた。応接用のイスに座らされた。
「ビルマ人か?中国人か?」
「日本人だ」
と、答えると怪訝そうな顔をした。だが、パスポートを見ると納得した。
「なぜ写真を撮ったんだ?」
と、厳しい目を向けてきた。これはちょっとやばい雰囲気になってきた。
「・・・面白い光景だったからだ」
「撮ったフィルムをカメラから出して渡せ!」
やはり。だが、渡せと命令されるとかえって渡したくなくなる。頭の中にいろんな考えが巡った。私がこの町に入ってすぐにビルマ政府のイミグレーションで外国届けをして、ガイドとドライバーは別のところで私を待っている。それに、得体の知れない外国人とは彼としても問題を起こしたくないはずだ。
「渡さない。撮影禁止だとはどこにも書いていなかったじゃないか」
と、極力静かに答えた。渡せ渡さないとの押し問答が何度か続いた後、彼は携帯電話で誰かと中国語で話しを始めた。口調からすると、相手はボスのようだった。話しが終わると、
「渡せ!」
一段と大きな声。携帯電話を持つ手が震えている。かなり感情的になっているようだ。これ以上刺激すると何をするか分からない。観念した私はフィルムを巻き戻し、彼に渡した。安堵の表情の彼。私もちょっと未練があったが、ほっとした。緊張していた事務所の空気も一気にほぐれた。

 ガイドとドライバが待っているところまで、彼と一緒に行った。私が本当に観光客かどうか確かめるためだったようだ。ガイドに私のことを確認した彼は、ちょっと待っていてくれと言い残し、どこかへ行ってしまった。しかし、すぐに戻ってきた。
「このフィルムを使ってくれ」
と、ネガカラーのフィルムを渡される。意外だった。
「私のフィルムは特別のフィルムを使っているんだ。ヤンゴンや北京へ行かないと売ってないよ」
と、せっかくのネガカラーのフィルムを彼に返した。ヤンゴンや北京というのはオーバーだが、ポジフィルムなのでパンサイン近辺では絶対に手に入らないのは確かだろう。それから1時間ほどであろうか。彼と街中でばったりと会った。いや、私の方はばったりでも、彼は私を探していたようだ。
「お前のフィルムを返すよ」
「・・・」
「でも条件がある。この写真は絶対に公表しないように」
どういう心境(状況?)の変化があったか分からないが、結局、フィルムは戻ってきた。しかし、なぜか彼と男と男の約束をするはめになってしまった。握手までしたんだから守らなければいけない。おかげで、写真は戻ってきたけどお蔵入りになってしまった。

BackNext
Top