『メフェナーボウンのつどう道』古処誠二
ビルマ戦線関連の本でこんな素晴らしい小説があるとは知らなかった。感動的ドラマや壮絶な戦闘シーンがあるわけではないが、読み終わった後にいろんな思いがさまよってしまう本だ。
「はやく元気になりましょうね」
・・中略・・
生と死の狭間にいたその兵隊を殺したのは、自分がかけた言葉だったと今は認めている。内地の新聞でもちあげられる看護婦は、期待に応えようと努めるほど弱っている患者を殺す。
主人公である看護婦の静子の追想だ。生死をさまよっている兵士にやさしい言葉をかけると、兵士は安堵し死んでしまうのが現実の戦場だ。その中をラングーンからモールメインへ撤退する静子たち。ビルカンさんと呼ばれていたビルマ人看護婦のマイチャン、一行のリーダーとなる衛生下士官、見捨てるべき負傷兵を助けた静子の同僚看護婦、「助けられてしまった」負傷兵、全財産が入った重いリュックを担いだ慰安婦、幼い娘を連れた母親。
メフェナーボウンとはビルマ語で仮面の意味だ。みんなそれぞれの立場があり、それに合った仮面をかぶっている。そんな仮面の人たちが、協力したり反発したり時々仮面が取れたりしながらモールメインへの道を進んでいく。
作者の古処誠二さんは1970年生まれ、この本を書いたのが38才だ。30代でこの小説を書いたとは驚きだ。当時の資料を相当読み漁り、体験者の話を数多く聞いたに違いない。ただ、それだけではこの小説は書けない。本の中は1945年のビルマ、静子もマイチャンも兵士も慰安婦も1945年の人として考え行動している。古処さんは現代の価値観で彼らを語ろうとはしていない。それに、、、、
いや止めとこう。私が下手な文章でうだうだと紹介するより手にとって読んでもらうのが一番だ。ミャンマーに興味のある人には絶対にお勧めだ。そういえば、古処さんの本でビルマ戦線関連がもう1冊あった。「ニンジアンエ」という小説だ。まだ読んでないが、これも読み終わったら紹介します。
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コメント一覧
私も読みました。ビルマ戦線生還者の方たちの戦記ものよりもっと生々しい臨場感を感じるのが不思議です。第三者の目に徹して、鳥瞰図的に戦場(と言っても戦争末期の敗走記ですが)を描いておられるからでしょうか。戦記ものも貴重ですが、どうしても主観というか、「私」を消せませんから、その分純粋に記録とはいえない気もします。古処氏は本当にお若いのに、よくこの状況を描き出されたと感服します。何か見えない力が・・・などとも想像してしまいます。古処氏は現在「小説推理」誌にビルマ戦線生還老人を主役に「死んでも負けない」を連載中ですが、毎号楽しみです。
たしかに、戦争ものの手記だと本当の自分は書けないことが多いんでしょうね。古処さんの書く小説のほうが真実に近いような気がします。
「死んでも負けない」、メフェナーボウンと同じ作者とは思えない作風で驚きました。ユーモアたっぷりの「死んでも負けない」の単行本化が楽しみです。